F1と事故

F1は、フォーミュラ1(正式名称:FIA Formula One World Championship:フォーミュラ・ワン)の略称です。もちろん、F1は、世界最高峰の自動車レースです。F1の「F」は「Formula」の「F」で、サイズ・重量・エンジン排気量などによるレーシングカーのクラス分けのこと。一方F1の「1」は、その規定に沿ったレースの最高峰を意味する「1」で、この二つを組み合わせてフォーミュラ・ワンという名称がつけられています。なお、フォーミュラカーとは、一般的に車輪がボディで覆われていない、むき出しになっているマシンを指します。
F1のドライバーは、レース中最高で350km/hを超える速度の中で、数千回のシフトチェンジを行い、他ドライバーとのバトルを切り抜け、上位を目指します。当然ながら、強靭な体力と集中力、そして気力が求められます。高速コーナーやブレーキング時には3.5Gという、自身の体重の3.5倍の重力にも耐えています。
卓越した運動神経の持ち主であるF1ドライバーたちでも、F1のレース中は事故と背中合わせです。高速度で運転中、少しでもバランスを崩したり、判断を間違うと、大事故になってしまします。命を賭けた真剣勝負であるからこそ、F1が観客を魅了するのでしょう。

F1の最近の事故

F1の歴史は、ある意味、事故の歴史と言えるかもしれません。それほど、F1は危険なスポーツです。F1は、高速のマシンを使うこともありますが、人間の極限に挑戦しています。F1ドライバーだけでなく、F1チームのスタッフも最高の技術を目指し、マシンを開発しているのです。
≪F1の近年の事故≫
* ベルギーGP -ジル・ヴィルヌーヴがスロー走行中のマシンと接触。宙を舞ったマシンは大破し、ヴィルヌーヴはコース脇のフェンスに叩きつけられ死亡。[1982年]
*カナダGP - 決勝のスタート直後、リカルド・パレッティのマシンがエンジンストールで停止していたポール・ポジションのマシンに追突。救助作業中にマシンが突如炎上、パレッティは死亡。[1982年]
*サンマリノGP - 予選アタック中に、ローランド・ラッツェンバーガーのマシンのフロントウイングが脱落。ヴィルヌーヴコーナーのウォールに激突し、ラッツェンバーガーが即死。[1994年]
*サンマリノGP -GP決勝において、ウィリアムズF1のアイルトン・セナがタンブレロでコースアウトし、コンクリートウォールに一直線に突き刺さる形でクラッシュ。マシンは大破し、セナは死亡。[1994年]

F1の事故と動画

F1の事故の写真、動画もインターネットで公開されています。F1事故の動画を紹介すると・・・
1973年オランダGP - この年F1にデビューしたマーチのロジャー・ウィリアムソンが2戦目のオランダGPでタイヤトラブルからクラッシュ。マシンは炎上し、ロジャー・ウィリアムソンは焼死。親友であるデビット・パーレイがレースを捨て、彼を助けに行ったことは有名です(享年25歳)。この時のF1事故現場、消化作業などの動画がインターネットで見ることができます。
ロジャー・ウィリアムソン事故
また、f1の事故のダイジェストをYouTubeなどからピックアップした「F1の負の歴史」もあります。これは、いくつかのサイトでも紹介されているので、ご覧になった人もおられるかも知れませんね。F1事故の最初は、1953年アルゼンチンGPでの、3位を走行していたジュゼッペ・ファリーナがコースを横切った少年をはねた後、観客の中に突入。ファリーナは無事だったが少年と観客合わせて10名が死亡した事故、1954年ドドイツGPの予選において、マセラティのオノフレ・マリモンが死亡した事故などから始まります。こうしたf1事故の総集編的な動画です。
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